report 議会報告
堺市議会速報
2007年2月9日 867号

「堺市非核・平和無防備地域実現のための条例」(案)について(上)





 2月8日開かれた市議会本会議で市民団体から直接請求されていた「堺市非核・平和無防備地域実現のための条例案」が審議されました。
 本会議での採決の結果、同「条例案」は、賛成少数で否決されました。
 以下、議員団を代表しておこなった栗駒議員の討論の全文を2回(今号と次号)にわたって紹介します。
 (中見出しは、事務局で付けたものです)




 堺市非核・平和無防備地域実現のための条例(案)について日本共産党を代表して意見を申し上げます。

 

 アメリカのイラク侵略戦争により何十万もの人が殺され傷つき、町と生活が破壊され、イラク情勢はますます混迷を深めています。戦争によりテロをなくすることもできないし、国際紛争を解決することもできないことを示しています。戦争をこの地上からなくさなければなりません。
 日本国憲法の前文は、次のように述べています。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」「日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」このように述べています。
 私たちは戦争をなくすためにあらゆる努力をしなければなりません。
 戦争に反対し、平和をつくる可能性のあるすべての運動は重要な意味を持ちます。
 市民が主権者として自主的に自分たちで考え、活動することは大変重要です。みずから信じる神仏に祈る人もいます。戦争の語り部として、悲惨な戦争の経験を次の世代に語ることを自分に課している人もいます。
 それらの運動は、それぞれの人々が様々な思想信条をもち、それぞれの政党支持の考えをもちながらも、戦争をしない、させないの一点で共通するものであります。
 私はそうした運動が、憲法前文にしめされた平和へのせつなる希望、そして第9条の平和原則を守るという一点での運動として、さらなる大きな合流となるよう心から望むものであります。
 提案されております条例案の前文が「堺市が戦争に協力しない非核平和のまちにする」としていることについては、当然のことながら賛意を表するものであります。
 そして、平和を求める運動として、直接請求の運動に参加された方に、また、多くの市民が戦争反対の意思をこの直接請求署名に寄せられたことであろうということに敬意を表するものであります。


 しかしながら以下に述べますように、本案に示された内容を、条例として制定することにつきましては問題があるt考えています。
 (1) 先ず、本条例案は、その中心がジュネーブ諸条約追加議定書の59条が根拠になっており、59条にきていされている無防備地区を具体化するものとしえ提案されていることについてです。
 わが党は2004年5月20目、第159国会・衆議院・武力事態等への対処に関する特別委員会において、次のような意見を付して批准に賛成しました。「ジュネーブ条約第一、第二追加議定書は国連憲章によって戦争が違法化されながらも、現実に発生する武力事態紛争犠牲者を保護する国際人道法として積極的意義を持つものであり、批准に賛成する」「しかし、政府がこれを有事法制整備のてこにすることは許されない」との意見であります。今回の条例制定の運動をされた皆さんが注目されたジュネーブ条約追加議定書は戦時国際人道法です。戦争に明け暮れる19世紀、20世紀、人類は余りにも残虐な戦争を続けてきました。
 その中で不必要な残虐行為はしてはいけないという最低限の戦争のルールを定めたものです。しかし国会で批准を成立させることと、日本の各自治体でこれをどのように具体化するかということは別の問題です。
 ジュネーブ条約追加議定書は戦争そのものを起こさせないための措置を定めたものではありません。
 戦争そのものを起こさせないルールは国連憲章であり、後で述べますが、その理想を実現するために、日本国憲法第9条を全世界に広めようという国際世論が大きく広がりつつあるのです。
 ジュネーブ条約追加議定書59条は戦争のルールを定めたものであり、戦争は避けられないものとして、あるいは差し迫ったものとして、戦争が実際に起こったらどうするのかというものなのです。
 無防備地域宣言というのは、端的にいえば、戦争で今にも攻められ占領されそうになっている都市や地域などの住民を守るために、その地域の政治当局が敵対勢力に対して軍事的な抵抗をしないことを保障するという宣言なのであって、「戦争に協力しない都市」を実現する宣言ではないのです。
 ジュネーブ条約追加議定書における無防備宣言をするということは、戦争に巻き込まれないということではなく、当該地区が外国軍に占領され、軍政がしかれ、徴用などが行われる場合、それに対して抵抗しないということが義務づけられるのです。つまり無条件の降伏です。
 無防備地域の4要件の一つである敵対行為が行われないということは、この議定書は戦争法ですから、武器使用を前提にしていることは当然であり、その意味での敵対行為であって、基本的人権が守られるということではありません。戦争がいったん始まれば戒厳令が整備され、発動され、基本的人権は制限され、停止されます。戦争になればそれが当たり前になり、現に行われていることです。戦争への抵抗、レジスタンス、こういうものは容認できるわけがないという前提があるのです。
 自分は戦争には参加しない、戦争とは距離を置くという信条はわかりますが、その信条は平時に通用しても戦争になれば通用しません。仮にこの議定書に沿って無防備都市宣言を行っているとしても本当に守られるかどうかは相手国側の判断に頼るのでしかないのであり、自らの運命を相手国に託すことになるのです。そして地方自治体が宣言する場合、その条件として、軍事的に責任を持ちうる政治的軍事的当局、日本の現状で云えば、政府・防衛省・自衛隊、さらに言えば在目米軍との完全な合意が求められることになるのです。
 ちなみに軍人と文民との関係について言いますと、最近では引き金を引く以外は、民間人が兵站の多くを担当しています。


 イラク戦争では、アメリカの警備会社がよりすぐりの元軍人を集めて重装備で戦場に送り出しています。戦争の民営化です。
 日本でも多くの民間人が民間人の身分のまま自衛隊とともにイラクヘ行き、事実上軍事活動に従事しました。
 重要なのは戦争になったらどうするのかではなくて、戦争そのものを起こさせないことなのです。

(次号につづく)



前ページ 目次 次ページ


top