市政報告 2007年2月号外

岡井ビラ01 岡井ビラ02

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[2007.2.16]


市政報告 2006年夏号外

岡井ビラ01 岡井ビラ02

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[2006.8.11]


大阪弁憲法九条

 昨年の衆議院選挙以来、決算委員会、12月議会、知事選挙、予算委員会、3月議会、合併問題と実に目まぐるしい日々が過ぎ、新庁舎への移転も済みましたところで、やっと気分的に落ち着きましたので、「私の部屋」に投稿させていただきます。
「私の部屋へ、ちゃんと書き込みせんかい!」と、市民のみなさんからお叱りを受けながら、いっこうに活用できていません。 本当は、忙しいときにこそ市民のみなさんに時々の課題や問題などについての自らの意思や感想をお伝えすべきなんですが、ついつい忙しさを理由にかまけてきたことを反省しています。
 さて、前置きが長くなりましたが、最近わたしは「憲法」に対する政治家の姿勢というものが、日本ほど不誠実な国はないなと、つくづく感じているところです。
 憲法を誠実にまっすぐ読めば、やってはならないことばかりを、それこそ小泉内閣は基本的人権や生存権、平和の問題など、憲法の精神を踏みにじり、条文を無視し、あるいは解釈を捻じ曲げて、ズタズタにしている。 そして、財界の都合や利潤追求を擁護するための政治は実に誠実に進めている、そんなふうに強く感じます。
 いま国会で審議中の、年金制度改悪もそのひとつですが、あわせて平和の問題。 
 そもそも戦争の大儀そのものが無いのに、ブッシュに追従し、イラクへ自衛隊を派兵。 「国益を守る」の国益とは、どんな国益を言うんでしょうか?「国際貢献」だと言うものの、ほんとうに国際貢献になるんでしょうか? 平和憲法の精神に沿って誠実に行動することこそ、「国益を守り」「国際貢献を図れる」と、わたしは確信しています。
 ところで憲法ですが、もっと憲法に慣れ親しもうと、方言語で表現することが話題になっているようです。 そこで、落語をやっていたわたしとしても、『ぜひ自分なりに九条を大阪弁で表現してみたい』と思い、書いてみました。 もし、気に入っていただけましたら、何かで活用してください。

憲法九条(大阪弁編)
一、 そもそも、わてら日本の国民はでんな、あの太平洋戦争でむごたらしい、えげつない経験をしましたやろ。 そやさかい、ほんまもんの正義とか秩序ちゅうもんを物差しにした、暴力に頼らん世界の平和を、まじめに真剣に手に入れたいと、心の底から望むようになりましたんや。
まっ、そういう訳でっさかいに、かりに世界でいろんなもめ事ができて、
日本が巻き込まれそうになったとしても、そやからっちゅうて、お上が権力を振りかざして強引に戦争を始めるとか、豪そうに武力で外国を脅すとか、あるいはほんまに『武力を使う』とかいうような物騒なことは、今後いっさい『させんようにしなあきまへんな』と、みんなできっぱり誓い合いましたんや。
二、 しかし肝心なことはでんな、この誓いを、ほんまにどうやって末永うにみんなで守っていくか、ちゅう問題ですわ。
さぁ、その為にはでっせ、陸軍・海軍・空軍なんかの軍隊とか、戦力ちゅうもんは、いっさい持たんときまひょ、ほんで、国と国との争いについては、攻めてこられてもいいへんのに、勝手に戦争を始める権利は認めまへんで、まずはしっかり外交努力をして、平和的に解決できるようにしまひょなと、こんなふうにきっぱり決めたんでおます。

(あとがき・九条を読んで、あらためての感想)
   まっ、しかし戦後の日本の国民は、ほんまええこと決めはりましたなぁ。
   世界に胸を張れる、こんなりっぱな憲法はちょっとおまへんでぇ。 そやのに、
   イラクへの自衛隊派兵やなんて、とんでもない話ですわ。 憲法違反もええとこだっせぇ。 そんでもやっぱり、日本に戦争協力させたいアメリカと、『国益や権益』を振りかざす財界や、戦争好きの政治家にとっては、九条は『目の上のタンコブ』なんでっしゃろな。 そやさかい、九条を廃止しとうて、しとうて仕様がないみたいでっせぇ。 こんな連中の企てに負けたらあきまへん。
   たくさんの戦争犠牲者を出した反省の上にたって、平和の願いを込めて創られた憲法でっさかいに、こんな攻撃に負けやんと、末永うみんなで大事に守っていきまひょな。 ほんで、この精神を世界に広げ、戦争も暴力もない平和な世の中をつくっていきまひょな。 へぇ、そうしまひょ、そうしまひょ。

[2004.4.19]


よみがえれ法善寺横町

 法善寺横丁の一部が焼失した。中座の解体工事中におきた爆発事故のあおりを受けてとのことで、中座がこういう無残な形で消滅してしまったこと自体も衝撃的ですが、法善寺横丁の類焼はそれ以上にショッキングなニュースでした。
 谷町に生まれ育った自分にとって、かって再開発による谷町筋の拡幅とともに、界隈の長屋がどんどん消滅していくなか、まるでふるさとが奪われるような淋しい感覚にとらわれた、あの少年時代の感覚が甦るような思いです。
 モダンなビルが林立していく傍らで、昔ながらの庶民的な街並みが消え去る一方のミナミ界隈。そんな中にあって、法善寺横丁はその路地に足を踏み入れた途端にホッとできる、数少ない空間であっただけに、本当に残念です。
 むかし、友人と廉そうな飲食店を物色しながら、興味津々と細い路地を歩き回ったこと、妻とは結婚前のデートで善哉を食べたことなど、いろんなシーンが思い浮かんできます。
 いま、この類焼した界隈が、元のような街並みに復元することができるのかどうかが、多くの市民の関心事になっています。
 災害から市民の安全を守るために、建築基準法や消防法などが整備されてきた経緯があるわけですが、いっぽうでそれが足かせとなって、復元を難しくしているというのは皮肉なものだと、つくづく感じていましたが、被害にあった店の経営者はもちろんのこと、そのことに胸をいためる市民や芸能人や文化人の多くが、いち早く街並みの復元を求める声をあげるなか、大阪市の磯村市長が早々に腰をあげるという朗報が入りました。
 それからあまり日を置かぬうちに、19日付の新聞で、「建築基準法の特例制度を適用する方向で検討を進めたい」との報道があり、「えらい対応が早いなあ。」と、驚きました。
 法善寺横丁は、大阪の宝、かけがえのない財産ですし、近年は海外からの観光客の観光スポットともなっているわけですが、このような大阪市の対応の早さに「政治や思想や信条の違いにかかわりなく、即刻行政を動かすほどの、まさに大阪の人々の心の中ではシンボル的な存在になっているんだな」と、ちょっと感動しているところです。
 昨今、大阪市はUSJ問題や不必要な大型開発問題など、否定的な話題が多いだけに、せめて庶民に明るい話題を提供する意味においても、復元までにはまだまだいろんな困難が考えられますが、関係者を中心にありとあらゆる知恵と工夫が凝らされ、でき得る限り元の街並みに近い形で復元されるよう、エールを送りたいと思っている今日この頃です。
[2002.9.20]

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